【実話】出逢ったのはフィリピーナ。別れたのもフィリピーナ。

1994年フィリピーナとの出来事を当時の記憶のまま、お伝えして行きます。

今だから話せる事。忘れては行けない事。その教訓が現代に至る事。

07*フィリピン人との出会いを友達に報告した日

【健】

高校時代からの友人、健(けん)が病気を患って入院していた。

シンフォニックでのマイの一件は忘れられない出来事として健に報告したく、その日もモンブランと中古のゲームボーイソフトを持って病室を訪れたのでした。

何でも話せる仲で、お互いあまり隠し事はしないと言う暗黙のルールさえあったくらいです。

 

マイに向けていた恋愛感情を淡々と話し、結局他に男がいた事。そして流れでアキを泊まらせる事になった事。

闘病中の身にそんな事お構い無しと言うくらい遠慮なく話しました。

健は終始興味深々らしくニヤニヤと頷いていました。

アキとは何も無かったと言っても信じてくれません。

『俺はデブっぽい女が好きなのに、お前ムカつく!』とまで伝えられましたが『退院したら俺も連れてけ!』となり

挙げ句には私の話の仕返しまでして来ました。

『若い看護婦がキワどいスカート履いてて…水色の…』

 

なに?!

 

『きのう検温の時に俺に接近してきて…』と自慢して来たのです。

私はそっちの方が妄想が膨らみ、異常にムカつきました。

こんなヤツの所こなきゃ良かった。

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【病気】

3カ月前、健と酒を飲んでいると「舌が痛い、舌が痛い」と辛そうにしていました。

「早く病院いったら?」と軽い口調で話したものの、まさかこんな事になるなんて…

 

健は診察に行き数日後に入院です。

彼の病は『舌癌(ぜつ・がん)』だったのです。

舌を切り落とす長時間の手術をしました。

 

初めてお見舞いに行った時は、健のその姿に動揺したくらいです。

しゃべる事も食べる事も不自由なった健は、喉に流動食を入れる為の穴が開き、カニューレというパイプが取り付けられ、人造人間のような姿に変身してしまっていたのです。

 


癌を告知されていた健は僅かな可能性を捨てず、生きる事に常に前向きでした。

『言葉は失ってもファックスがあるから連絡はファックスでしてほしい。退院したらまた飲み歩こう』と私に筆談してきました。

 

当時はまだメールやネットが一般的な時代では無なく、文章での早急な伝達は主にファックスでした。

情報がリアルタイムに印刷されてくる事の有難みを感じました。

 

【ノート】

マイの事を話した日の帰り際、健はノートにこう書いて私にみせました。

 

『マイって女いなくなって良かったと言うのはウソだよ。タツは惚れ込んだら痛い目にあうまで退散しない』

 

(つづく)

kinotatsuya.hateblo.jp

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