【実話】出逢ったのはフィリピーナ。別れたのもフィリピーナ。

1994年フィリピーナとの出来事を当時の記憶のまま、お伝えして行きます。

今だから話せる事。忘れては行けない事。その教訓が現代に至る事。

03*金ないのに再びフィリピンパブへ

【再び】
マイから借りた5000円を返す為、再びシンフォニックに訪れたのです。
もちろん金を返すだけでは無く、1時間だけ飲んで帰るつもりでした。

 

ハウスボトルだけ飲んで女の子に何も飲ませなければ、3000円+チャージ1000円=4000円で済む事を理解したからです。

もし、女の子には必ず一杯は飲ませなければならないシステムと言うなら、それに従うつもりで"心構え"があれば前回のような失敗はしないだろう。

 

今思えばドケチな男でしたが、そこまでしても、シンフォニックは魅力ある店でした。

 

【マイ】
「こんばんは~!また来てくれたのですね!」
マイの大きな瞳は、更に大きく見開き私の再来店をとても喜んでくれました。

 

席に着くとマイが横に座ってくれたので「この前借りたお金ありがとう!」と、5000円をそっと返しました。
「いえいえ、今日は何のみますか?」
「ハウスボトルだけで良いでしょ?今日も一時間で帰るから」
マイはニコっと笑い私の頬を軽く摘まんだのです。
私もマイの頬を軽く摘みました。

意識してマイの肌に触れた初めての瞬間でした。

 

【会話】
勧められてもカラオケは一切唄わず、お互いの事を色々話しました。

マイはフィリピンのマニラから車で数時間の"ラグーナ"と言う地方出身で、11人兄弟の9番目。私より5歳年上だと分かりました。

家族兄弟が貧困で苦しんでいるので日本に働きに来ている。
この店での時給はたった1000円くらいで、そこから店の用意してくれたアパートの家賃や光熱費が引かれる。

そして、残った僅かなお金を毎月家族達へ仕送りをしているのだ。

 

 

まぁ、簡単に言うとマイは日本に出稼ぎに来ている”じゃぱゆき”さんです。フィリピンパブ等で働いている女性の殆どはそうでしょう。

当時、フィリピンでの一般サラリーマンの月給は日本円で1万~2万ほど。

フィリピン大統領”フィデル・ラモス”の月給は約10万円だと聞きました。

日本で働く事が如何に意義ある事かが分かります。

(※1993年現在)

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ラモス大統領 :http://pichori.net/Philippines/philippines_presidents/12_ramos.html

 

そんなマイの話を聞き、返ってくるあてもないお金を、初対面の私に貸してくれた優しさに偉く感動したのでした。

また、私生活での込み入った話をしてくれたマイに、とても親近感が沸いたのです。

更にフィリピンの女優”ルビー・モレノ”と知り合いとも言っていました。

 

 

ルビー・モレノ

フィリピンに重い障害を持つ娘がいて、じゃぱゆきとして日本で働いている時にスカウトされそのまま女優に。デビュー作から受賞経歴がありテレビドラマ「愛という名の元に」に出演していた。

 

数々のスキャンダルやら”不真面目”な態度が続き、現在はたぶん引退(?)している。

 

当時、フィリピンパブの女性達はルビー・モレノと「知り合い」「友達」「一緒に働いていた」と言うのが謳い文句だった。

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出典:https://middle-edge.jp/articles/yDTso

(つづく)

kinotatsuya.hateblo.jp

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